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「アートを身近なインテリアに。アートとしての工芸×空間デザイン」 丹青社にて、作品展示とトークセッションが開催

撮影:丹青社

「アートとしての工芸×空間デザイン」。「Artをもっと身近に」をテーマとして今夏、丹青社本社、クリエイティブミーツで開催された展示風景。

3月に東京ビッグサイトで予定されていた日本経済新聞社主催の展示会「JAPAN SHOP」での特別展示「NIPPON プレミアムデザイン」。日本の伝統的なものづくりの技とデザインを次代につなぐ―をテーマに開催が予定されていたが、新型コロナウイルス感染症の流行により展示会の開催は見送りとなった。

同展での展示が予定されていた丹青社の「B-OWND(ビーオウンド)」のプロジェクト作品が今夏、新たなしつらえとなって丹青社本社で披露された。同じく同展で予定されていたトークセッション「アートとしての工芸×空間デザイン〜伝統工芸、アート、空間デザインの融合が生み出す新たな可能性〜」もあわせて開催された。

丹青社文化空間事業部で事業開発統括部長を務める吉田清一郎氏を始め、作品に関わった陶芸家の市川 透氏と、丹青社デザインセンター プリンシパル クリエイティブディレクターの池田正樹氏を登壇者として、モデレーターにはJDN取締役の山崎 泰氏。セッションの様子は映像コンテンツとして配信されている(本記事最後にリンク先を紹介)。

ここでは「NIPPON プレミアムデザイン×B-OWNDプロジェクト」の取り組みについて、同社での展示の様子やトークセッション後の各氏のことばも含みながら、その詳細を特別に紹介したい。

撮影:丹青社

「アートとしての工芸×空間デザイン」。「Artをもっと身近に」をテーマとして今夏、丹青社本社、クリエイティブミーツで開催された展示風景。

アートとしての工芸を紹介する「B-OWNDプロジェクト」

「NIPPONプレミアムデザイン」で展示予定だった本作品の背景には、空間づくりを事業とする丹青社が立ち上げた、工芸やアートに関するプロジェクトでの考察がある。

同社は2018年、日本伝統の技術を活かした作品に取り組む気鋭のアーティストと世界のコレクターをつなぐプラットフォーム、「B-OWND(ビーオウンド)」を立ち上げた。オンラインマーケットプレイスやブロックチェーンの機能を備えており、翌年5月からは作品販売も始まっている。

B-OWNDエグゼクティブディレクターの吉田清一郎氏は語る。「丹青社では美術館や博物館など文化施設の空間づくりを多数行っていますが、それらを通して日本の文化の担い手であるアーティストや工芸家をとりまく厳しい環境を感じていました。なかでも伝統的工芸品産業の従事者が大きく減少している。こうした現状を打破したいと考え、アートとしての工芸の広がりを創出していきたいと考えたのがB-OWNDです」

撮影:石上洋

漆、陶、竹、ガラスなどB-OWNDに参画する気鋭作家は幅広い。そのひとりが、岡山を拠点として圧倒的な存在を放つ作品をかたちにし続けている市川 透氏だ。

1973年東京生まれ。備前焼に出会い、「生き物のような土の感触、可塑性の高さに魅了されてしまった」と、隠﨑隆一氏に師事した後に独立し、独自の表現を探求し続けている。躍動的なエネルギーを湛える作品で国内外のアートフェアでも高い評価を得ている。

丹青社の吉田氏は述べる。「NIPPONプレミムデザインでは、空間と融合するかたちでのアートとしての新たな価値を示したいと考え、市川さんこそ、こうした挑戦に向き合ってくれる作家であると確信しました。そのうえで、崇高ともいえる作品を、多くの人々がより自由に、空間として楽しんでもらえるかたちが良いと考えました」

撮影:市村徳久

市川氏が手がけている作品から。

市川氏とタッグを組んだ空間デザイナーの池田氏は振り返る。「展示空間にアート作品を配置するというのではなく、空間全体をアートとして包括する見せ方をしてみたいと考えました」

「ただ、作家の主観的な表現となるアートと客観性を含むデザインとは性格が異なりますから、アートを狭い範囲に収めて制約してしまうことになるのではないかとの気がかりもあった。市川さんに『ちょっと不自由なんですが、いいですか?』と伝えたところ、『不自由のなかに自由を見つけてみる』と、快諾をいただけました」

ここで考えられたのが制作するもののサイズを予め決めることであった。「日本では古来、様式の美、フォーマットの美が存在してきた」と吉田氏。「アートは自由でなければならないということ自体が固定概念で、制約のなかで美を提示するのもアート。また、規格があることで使用される環境の幅広い可能性が生まれる」と考えたのである。

今回、市川氏の表現のキャンバスとなったのは、建築素材として製造されている菱形のタイルと細かなモザイクタイル。建築素材と陶の作品を融合させる取り組みは陶芸の通常の作品制作とは大きく異なる。市川氏からは「チャレンジ」ということばが何度も述べられたという。

撮影:丹青社

横2m20cm、高さ140cm。「タイルは既存のタイルから市川氏と池田氏が厳選。それ自体が表情に富んでいるので弱いアートでは負けてしまう」と池田氏。
鮮烈な赤、メタリックな黒や金銀の光彩など、情熱を感じさせる市川氏の作品は本プロジェクトにまさにふさわしいものだった。

インテリアそのものとなり、空間全体を包括するアートの提案

タイルを選択後、作品の表現は市川氏に一任された。「既存の建築素材に自分の作品をどう融合させていくのか、素材と表現とのつながりを大切にしたいと考えました。しっかりとしたデザインを構築させたうえで制作することも、意識した点です」(市川氏)。

黒や金銀の光彩が特色でもある作品は、既存のタイルと一体となるよう、備前の土でタイル自体の形状を正確に表現することから始められた。陶の造形は1000度以上の高温で焼き締めることで1割程度収縮し、その収縮率はサイズによって異なる。最小で5mmほどの小さなピースまで大小様々なテストピースでの収縮率の検証には数ヶ月が費やされたという。

そのうえでの配置や各ピースの線と線とがきちんと揃う工夫とともに、壁面全体を構成する作家のエネルギーが存分に発揮されている。すべてがアーティストの手でなされる表現であるだけに、容易につくりあげられるものではないことが伝わってくる。

池田氏によると、背景を黒と白にしたのは「動と静」のイメージから。「ふり切った色とすることで、空間に取り入れた際の幅広さが生まれ出るのではと考えました。作品を空間に設置するお客様の存在を大切に考えてのことです」

撮影:石上洋

『Ought to be』。
「地球やラピズラズリを想起させる鮮烈な青を日本の伝統文様である麻の柄を囲むように配置。
森羅万象は古来日本の神々であることも意味している」と市川氏。
背面仕上げなど、インテリアとして活用されるうえでの細かな配慮もなされている。

撮影:丹青社

『Embrace Black』
「幾何学的なデザインをシンメトリーに配置することで、
宇宙の無限の繋がりをイメージし、連続的なリズムと脈動を生み出している」

こうして、炎のなかで形づくられる陶芸の醍醐味と建築素材のタイルとが融合し、独自の魅力に満ちた作品が完成を見た。

「お客様の想像を超える喜びが生まれてこそ、次につなげていけると思っています。また、生活様式の一部となって空間に存在し、屏風や襖のようにアートが存在するということ。このようにアートをより日常的にしていくことが、まさに私自身がやりたかったことなのだと、今回のプロジェクトを通して強く実感しました」と市川氏。

「人間は自然とともに生きています。現代社会では気づきにくくなってしまっていることかもしれませんが、コンセプチュアルな作品に共感いただくことで、偉大な自然の働きに対する意識を改めて持ってもらえると良いとも考えています。普段から大切にしている考えは、作品名にも込めました」

撮影:石上洋

『Embrace White』。
「平行移動、回転、凡(あら)ゆる相称的な繋がりから、森羅万象がひとつに『包越』していくもの。
単体作品で通常不可能な炭化焼成とプラチナの融合による色彩」

撮影:石上洋

『Liberalism』。
「稀元鉱物によるメタリックな黒金や黒銀は、
タイルのアンジュレーションにより様々な景色を生み出すコスモロジーな空間演出」

デジタル環境とアート、空間がシームレスにつながるうえでの豊かさを探る

本プロジェクトを通じて、「アートとしての工芸×空間デザイン」の可能性を三氏はどうとらえているのだろうか。

吉田氏は語る。「企画当初は商業空間などB to B空間の可能性が最も大きいと感じていましたが、リモートワーク等で自宅空間の見直しもされている現在は、自らの部屋でアートを鑑賞することにも人々の意識は向いています。B-OWNDで紹介する日本の工芸、アートの醍醐味が今後さらに活かされていくのではないでしょうか」

「コロナ禍のなかで人々の価値観や行動様式にも変化が起こっており、オフィスを例に挙げると空間に人が集まることそのものの意味が変わってきています。コミュニケーション空間としての役割も一層重要になるなか、B-OWNDを通して、幅広い皆さんがアーティストとの協業をしていただく機会も生まれていくのではと感じています」

丹青社では、同社が参画する会員型コワーキングスペース「point 0 marunouchi」(千代田区)においてアートとワーキングスペースにおける人々の心理、行動面に関するアートの作用についての科学的な検証も始めており、こちらも興味深い。オフィスの共有スペースや会議室などに質の高いアートを取り入れた際の人々の行動や心理面での変化を分析するというもので、今秋には市川氏を含めたB-OWNDの参加アーティストによる18作品が同スペースに展示された。11月からは第2フェーズとして展示作品を替えた際の効果も検証している。

撮影:RINO KOJIMA(ライツ撮影事務所.)

「point 0 marunouchi」で始まったアートの効用に関する実証実験。
同スペース参画企業や丹青社パートナー企業のテクノロジーを駆使して、アートをワークスペースに取り入れた際の人々の行動や滞在時間等を分析。
丹青社が理研ベンチャーであるKokoroticsと共同開発したスマートフォンアプリでの感情収集も。
心拍数・呼吸数の測定、購買データとの関連性など、総合的な解析がなされていく

「これまではオンラインにおける環境はリアルな状況を補完する役割であると思われていたかもしれませんが、リアルな状況とオンラインでの状況はシームレスなものとなってきています。技術の発達によって、実際の空間とデジタル環境が融合する状況も増えていき、試みも広がっていくのではと考えています」と吉田氏。

「自宅を含み、空間に対する意識がこれまで以上に高まるなか、感触をはじめ、人間の感覚によりアプローチできる表現の可能性もある」と述べる池田氏は、次のようにも語る。「オンラインの手法を活用しながらも、コミュニケーションが生まれる空間そのものをいかに豊かなものにしていけるのか、双方に取り組むことの意義を感じています」

撮影:石上洋

プロジェクトに参加した市川氏は、普段とは異なるスケールで作品を実現できたことの手応えに加え、大きな可能性を実感しているという。「私自身はアート、工芸、空間、建築など、既存のジャンルの枠を超えたところで新たな価値を求めていきたい。唯一無二の空間の実現に向けて、すでに新たなイメージも沸いています」

今春予定されていた「NIPPONプレミアムデザイン」のテーマは、「日本の伝統的なものづくりの技とデザインを次代へつなぐ」であった。そして、丹青社の本展示企画では、ものづくりの技とデザイン、アートの融合がもたらす魅力溢れる表現はもちろんのこと、社会の動きをふまえ、最新技術を活かしていく試みによって拓かれていく多様な可能性も示唆されている。

受け継がれてきた素材と技術で現代の空気を表現する日本の工芸、アートに海外からの注目がこれまで以上に高まるなか、オンラインでのプラットフォームを通した海外からの今後の反響も興味深い点だ。また、自然環境との関わりのなかで日々の空間をかたちづくり、豊かな時間を創出してきた日本の精神、美意識そのものが新たな時代のなかでどう継承されていくのかにも、期待が高まる。

(デザインジャーナリスト・川上典李子)


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